First・・・/最初・・・

 
すごくすごく悩んだ。この高校に入ろうか、他の高校に入ろうか。正直、はじめはほかの高校を受けようと思っていた。それが、なぜこの高校になったのか・・・。それは、体験入学でだ。それまで、この高校の吹奏楽部と何度も交流があったものの、実際の演奏を聴く機会はなかなかなかった。しかし、体験入学で演奏を聴いたとき、これだ!って思った。何よりも、みんなの、その演奏しているときの輝かしい姿に感動した。しかし、実際入学前の春休みに練習に誘われた時は、やはり怖くて、吹奏楽部はあきらめようと思ったくらい。しかし、結局断れずに、春休みから私は部活に入ってしまった。はじめは、断らなかった自分が悔しくて、何度も何度も責めた。しかし、3年間終って思うこと、それは、この3年間の中で、部活の存在は私にとって、とても大きかったということ。。この部活がなければ、私は青春は味わうことができなかっただろう。燃えた、泣いた、笑った、叫んだ。この3年間の部活の思い出は私にとって、一生の宝物となるだろう。

先輩達と

 
私は、どうしてもなかなか同級生たちと一緒にいることができなかった。中学校の時の同級生からのいじめがまだ心の中にあったせいかもしれない。いつも年上の先輩たちと一緒にいた。登下校も、先輩たちと一緒。部活でも先輩たちと一緒。そんな先輩たちは、私にとって、友達のような存在だった。一緒に笑ったり、楽器を吹いたりしているときが、一番楽しかった。合宿の時なんて、夜中の2時にもかかわらず、梨佳先輩とるんるんと一緒にお風呂に入ったっけなあ。登下校は、雨の日も雪の日も晴れの日も、えり先輩と梨佳先輩と帰ったっけなあ。私が同級生の中に入っていけなくて、教室で一人で悩んでいた時、和実先輩と梨佳先輩が来てくれた。そんな先輩たちは、わたしの高校生活で、本当に大切な存在だった。そして、わたしを大きく成長させてくれた。今の私があるのは、先輩たちのおかげだと思う。本当に感謝している。

Ensanble Contest/アンサンブルコンテスト

 
アンサンブルコンテスト・・・これは、3年生が引退して、12年生だけで初めてやるもの。私は1年生の時、自分がまさかコンテストに出れるとは思わなかった。2年生が出るものだと思っていたから。金管は、その年から選抜だと聞いてびっくりしたが、2年生はいっぱいいたし、自分がメンバーに入るとは考えていなかった。メンバーに選ばれた時は、すごくすごくうれしかった。メンバーは、2年生6人、1年生2人。メンバーも曲もぎりぎりに決まって、おまけに人もなかなか集まらなくて、苦労した。コンクール1週間前にサボった人がいて、連絡取れるまでみんなでストーブにあたって話し合った時もあったっけなあ。県北大会をサックスと同点1位で通過。県では残念な結果で終わったけど、燃えた。私たちが2年生のときのコンクールでは、残念ながら県北でダメ金。でも、いろいろな問題をかかえ、おまけに6重奏。おまけに、1週間前にチューバの人を変えて、初心者の人を入れた割に金賞を取れたことはうれしかった。少数でも、こんなに楽しい音楽ができるんだね。

後輩(Part 1)

 
2年生になった時、私に後輩ができた。中学校の時に、後輩のことでちょっと嫌な思いをしたから、正直怖かった。そのせいか、最初の頃、部活に行けなくなった。行こうとしたけどいけなくて、早い時間に帰ってくる生活。その時期は、楽器が吹きたいのに吹けないのがすごくかなしかった。ちょっとした勇気、それが出せないのがすごく悔しくて、自分が許せなかった。しかし、だんだん部活に行けるようになって、みるみるうちに後輩ともすごく仲がよくなった。他のパートからも、「トランペットパートって、みんな仲いいよね。」って言われる。本当に仲良くなって、いろいろ話せるようになった。今では、最高の後輩だと思う。いろいろ大変だったけど、すべてを乗り越えて、今の私たちの中があるのだと思う。これからも、後輩たちを応援していきたいと思っている。

後輩(Part 2)

 
私が3年生になった時に、また新しい後輩が入ってきた。高校生に入ってからの高校の後輩とはうまくいってたから、少し気が楽だった。しかし、それでもやっぱり最初はだめで、また部活を少し休んでしまった。部活に復帰してからというも、後輩はかわいくてかわいくて仕方がなかった。すごく素直で、でもすごく面白い後輩で、トランペットパートは、笑いが絶えなかった。やっぱり一番仲のいいパートだった。私にとって最後の大会、残念ながら春佳ちゃんとしか一緒意に出ることが出来なかったけど、全国大会は全員で出れたよね。最後の最後に、みんなと一緒に吹けて、うれしかったよ。定期演奏会のパート紹介では、なんかパンくい競争と組み体操って・・・うちらわけのわからないことやったけど、それにもついてきてくれた。半年間という短い間だったけど、この後輩たちとも楽しい思い出ができた。今では感謝の気持ちでいっぱいです。

After becoming senior/3年生になって

 
3年生になってからの思い出は、わたしにとってすごく大きい。まず、ずっと先輩たちと一緒にいた時間が大きかったため、先輩たちが部活を引退してから、部活に行きづらくなった。でも同級生の友達は、わたしを一人の仲間として入れてくれ、いつも私に優しく声をかけてくれた。そのおかげで、私はだんだん同級生の中に溶け込んでいくことができた。1年生の時に部活に入ったばかりの頃は20人近くいた同級生も、だんだんやめていったりして、3年生にあがったときには、たったの13人。ちょっとさびしいような気がした。でも、後になって、この13人という人数がちょうどいいことに気がついた。13人。この人数は、たぶんこの高校の吹奏楽部ができてから、史上初の少人数だと思う。定期演奏会やコンクールで、13人でまとめあげるということは、本当に大変だった。でも、乗り越えられたのは、この13人がとても仲がよかったからだと思う。いつも、何をするにも、13人一緒だった。ご飯を食べる時も、打ち上げに行く時も、いつも。誰一人、取り残されることはなかった。だから、私は自然にその中に入ることができたのだと思う。私は、13人で3年間部活をやってこれたこと、すごくうれしく思う。定期演奏会での3年生ステージ、「ベストフレンド」歌ったよね?あれ歌いながら、泣きそうになった。合宿も川俣でやって、練習が終わってからみんなで頑張って急いでお風呂に入った。もう、あれは恥ずかしいなんて言っている場合じゃなかった。合宿部屋も、みんな一緒だったよね?ミルキーウェーにも、みんなで何度も食べに行った。ちゃんこにも食べに行った。えびせんもいっぱい食べた。みんな、食べることか楽器を吹くことにしか興味がなかったような気がする。響子ちゃん、ひさえちゃん、いずみちゃん、桜田、まなこう、ゆかちゃん、ゆうかちゃん、久保、ひーちゃん、はなえちゃん、晴香ちゃん、文子ちゃん、みんな、楽しい思い出をありがとう。

Macro/マクロ隊

 
マクロ隊とは・・・?あはっ、身長165cm以上の人たちのグループ。私は169cm。もうすぐで170cmの少女なのだ。吹奏楽部の3年生の中には、165cm以上の人が3人いた。私、桜田、文子ちゃんの3人。すごく仲がいい3人だったよね??いい思い出もいっぱい作った。桜田はえびせんが大好きな人で、よくえびせん食べてたような・・・。えびせん、ハマった。なんか、私は一番身長が高いからって、いつの間にか、マクロ隊隊長にされてたし・・・。身長が高いからって、バカにしちゃいけないと思う。うん。3年生になってから3人で一緒に帰ること、よくあった。3人は歩くのがすごく速くて、後ろのミクロ隊・メクロ隊の方々はなかなかついていけない時があったっけ。本当にいろいろあった。

My last prefecture competition/最後の県大会

 
3年生になってからの県大会。3年間最後の県大会。悔しい・・・。その一言しか出てこない。県北大会は1位で通ったのにもかかわらず、県大会は無念の銀賞。すごくすごく悔しかった。このときの自由局は、バレー組曲。はあー、今思い出しても悔しい。この高校は、11年間連続金賞だった。なのに、その記録を崩してしまった。でも、何よりも、わたしたちの演奏に感動して、個人的に知らない人が感想を言いにきてくれたりして、それがすごくうれしかった。目標は、「聴衆の感動する演奏をしよう」だった。それを達成できたと思う。

My dream, National competition/夢の全国大会

 
全国大会に行けることが分かったのは、2年の終わりころだった。県大会で11年連続金賞など、さまざまな成績が認められ、3年生になった時、全国大会に出場することができた。神奈川県で行われた全国大会。県大会では悔しい思いをたくさんしたけど、全国大会で引退できること、幸せだと思った。曲は県大会で演奏したバレー組曲。あんな何百人も入る、ものすごい会場で演奏したのは初めてだった。緊張したけど、よい思い出ができたと思う。福島代表としてあのようなところに行ったのは初めて。まず、会場の響きというものに感動ひた。そして、あのステージの広さ。もう二度と経験できないだろうけど、この経験を大切にしたい。

School festival at my senior year/3年生の時の桜華祭

 
桜華祭・・・。これは、すごく忙しかった思い出が多い。生徒会では、毎日遅くまで準備にとりかかった。夏というせいもあって、何度か倒れた時もあったな。そのたんびにみんなに迷惑かけちゃって・・・。このとき、一番うれしかったこと、それは、一度引退してしまった私たち3年生が、また一緒になって最後に演奏できたこと。すごくうれしかった。中庭で、お客さんがたくさん見にきてくれて、その中での演奏。吹奏楽部にとっても、生徒会にとっても初めての試みだったけど、すごくよかったと思う。ちょっと途中で合わなくなっちゃって、止まっちゃったけど・・・。13人での演奏もいいね。We love music!♪だから。”muscans 13”だからね。

Being a school president, and taking place in the band/生徒会と部活

 
一言でいえば、ものすごく大変だった。生徒会が忙しくて部活に行けない時があり・・・。特に、部活ではパートリーダー、生徒会では会長になった時には、どちらにもすごく責任をもたなければならず、どちらも中途半端にすることはできなかった。生徒会室と部室を行き来した生活・・・。大変だったけど、やりがいはあったと思う。うん、あった。生徒会では、かけがえのない友達に出会い、部活では一生の仲間と出会った。二つの両立に苦しんだ分、たくさん経験し、学べた。たくさんチャレンジすること、大切なことだと思う。キャノン、お疲れさま。

Memories with my friend, Ai/あいちゃんとの思い出

 
あいちゃんとは同級生。一緒に部活に入って、一緒にいつもトランペットを吹いた、大切な友達。でも2年生にあがる少し前に休学し、そのまま中退してしまった。部活に入ってから、あいちゃんとはさまざまなことを経験してきた。一緒に第一ホールの入口近くあたりで、壁に向かって座って、一緒に基礎練習とかしたよね。定期演奏会、一緒に3部出たよね。合宿の時、一緒に苦しみ、泣いた。みんなの中に入っていけなくて、2人で部屋に閉じこもってたときもあった。夜中に、梨佳先輩、るんるん、あいちゃんと私で、一緒にお風呂に入った。一緒に苦しみ、泣き、そして笑ったね。あいちゃんが休学した時、私はすごく悲しかった。そして、自分のせいだったような気もして、自分を責めた。でも、あいちゃんとは今でも手紙のやりとりができている。あの時からは想像もできなかったよね。うちらの中は、絶対崩れることはない。堅く糸で結ばれている。あいちゃんは今すごく頑張って生きている。そういう彼女を見ているから、私は臨床心理士になりたいと思ったのよね。私は、今と同じく、手紙のやりとりができていたらいいなあ。あいちゃんは、私の大切な友達の一人です。これからも彼女を応援していきます。

Best Friend                 

作詞・作曲:玉城千春  編曲:重実徹

もう大丈夫心配ないと 泣きそうなわたしのそばで

いつも変わらない笑顔で ささやいてくれた

まだまだやれるよ だっていつでも輝いている

時には急ぎすぎて 見失うこともあるよ 仕方ない

ずっと見守っているからって笑顔で

いつものように 抱きしめた

あなたの笑顔に 何度助けられただろう

ありがとう ありがとう Best Friend

こんなにたくさんの幸せ感じるときは 瞬間で

ここにいるすべての仲間から 最後のプレゼント

まだまだやれるよ だっていつでもみんなそばにいる

きっと今ここでやり遂げられること どんなことも力に変わる

ずっと見守っているからって笑顔で

いつものように抱きしめた

みんなの笑顔に 何度助けられただろう

ありがとう ありがとう Best Friend

時には急ぎすぎて 見失うこともあるよ 仕方ない

ずっと見守っているからって笑顔で

いつものように抱きしめた

あなたの笑顔に 何度助けられただろう

ありがとう ありがとう Best Friend

ずっと ずっと ずっと Best Friend